武田一家の釣りバカ日誌(以前の日誌)

2001年は東京から福島に・・・
2001年は仕事の関係で2回の転勤があった。しかし釣りに対する執着は相変わらずで、栃木県を中心として色々な釣り場を回った。この年は「地の利」というものを思い知った年だった。釣果についてはかなり低迷した。この年2回目の北海道遠征[写真]を行ったが、いい思いをしたのはそれ位で、この頃から闇雲な釣行は少なくなり、「情報の釣り」に熱心に取り組むようになったと思う。

釣りに夢中な2000年
 このころから釣りに出かけることが大変多くなった。本栖湖、中禅寺湖、湯の湖、大尻沼、鬼怒川、箒川、栃木県内の管理釣り場等さまざまな場所に足を運び、腕を磨いた。日々新しい発見があり、夢中だった。釣り道具はどんどん増えていき、あらゆる情報に右往左往した。寄り道しながらも、少しずつ腕が上達した時期だ。

ルアーフィッシィングとの出会い(1996〜1999)
 私のトラウトフィッシィングは1996年から始まった。もともと釣りは好きでコイ、フナ、タナゴ、オイカワ、ハヤ、ナマズ、ブラックバス等あらゆるターゲットを釣り、また飼育していた。その延長で、熱帯魚の飼育も行なったいる。そのくらい魚類は大すきで、会社の先輩に芦ノ湖のニジマス釣りに誘われた時も、大変わくわくしたものだ。
 私のトラウトフィッシィングは常に最悪のスタートで始まっている。芦ノ湖、河口湖ではともにボウズ、そして管理釣り場でも最初の2回ボウズの苦しみを味わった。今でもターゲットを釣り上げた時の喜びを人一倍感じるのはこのときの苦しみがあるからではないだろうか。2000年より中禅寺湖を始めるが、釣れなくとも根気強く通い続けられるのも、この最初の苦しみがあってだと思う。
  1999年の大きなイベントはやはり北海道に釣り旅行に行った事でしょう。かなやま湖、糠平湖、猿払、支笏湖、名前も知らない川、そして忠類川。10日間にわたり北海道のあちこちを車で周り、忘れられない思い出となった。もうこんなことは2度と出来ないだろう。
[編集]
CGI-design